幼稚園ままの日常Blog

アウトプットの練習

青春18×2 君へと続く道 は私の育児の指南書となる

久しぶりに映画をみた。

青春18×2 君へと続く道。

レビューは両極端だったから心配したけど

観てよかった。ベタな展開がまたよかった。

あ~こんな青春もう一回したい!と思ったがもう戻ることはない青春。

それならば子供がこんな青春を送れるよう、子育てしたいな、と思った。

もちろんこんな青春を送りなさい!!と指示する子育てではない。

自分を大切にして、自分の気持ちに素直に、今という時間を大切に生きられるような

しなやかな精神を持てるような育児をしないとな、という戒めである。

 

人の目を気にして、人にランクを付けて、見栄えで人と付き合って。

なかなか真っすぐにはいかない。ドラマや映画と違って。

だから人間関係を築くことが、私はうまくできなかった。

しかもそのことに気づいたのは30過ぎてからだから何とも言えない。

もともと友達が多いほうでもないのに、その友達にことごとく会いたくなくなった。

なんでそんなこと言うんだろう?なんでそんなことするんだろう?

と単純に疑問に思うことが増えて、初めは自分の心が狭すぎる!と悩んだが、

私の心が狭いわけではなくて、人間関係作りが間違いすぎていたことに気づく。

自分が話したい、一緒にいたい人と友達になるのではなくて、

中高生の私は見栄えを気にして友達を作ってた。

そんなん話も合うわけない。

当時は楽しかったしそんなことにも気付けるはずもなく、10年近く付き合った友達もいた。

もちろん私の性格もまず悪かった。性格の悪い自分の周りに集まる人もまた、似たような人間なんだよな。

しかも一人になることが極端に怖い思春期。

ただただ誰かと一緒にいるために一緒にいる。そんな感じだった。

 

社会人になり母親になり、だんだん価値観も変わり、いろんな人にも出会い、

世の中の酸いも悪いも見えてきた中、

やっと思春期の間違いに気づく。

だから子供には、自分の心に正直に生きてほしいなあと願ってしまう。

でも本人も、いろんな経験をして気づくことがまた人生だから

親の私が教えられることなんてごくわずか。

でも自分を嫌いで生きる人生より

自分を好きで生きる人生のほうが楽しいに決まってる。

だからそう思える子育てをしたいけど

理不尽に怒って反省する日々。

 

 

そんな私にも素敵な友達がいた。

ちょうどこの映画と同じ18年前の18歳の私は

アルバイト先で4つ年上の中国人の留学生の女の子と仲良くなった。

日本語が上手で、努力家で、人間関係を築くのもうまくて。

アルバイトも掛け持ちしながら日々頑張って、日本で就職して

仕送りで中国に家を建てて

母国に帰っていった。

私には到底追いつけないアグレッシブさ。

ポジティブでしっかりしていて。

彼女といるとほっとした。

彼女の寮にいつも泊りに行ったなあ。(迷惑・・・)

大好きだったのに、帰国後連絡がとれなくなってしまった。

きっと彼女は変わらず忙しく日々過ごしているんだろう。

くだらない青春を過ごしてしまった私だけど

素敵な出会いもあったことを思い出させてくれた映画。

そして

足踏みしてばかりいられないと思わせてくれたエンディング曲。

 

「今」を生きなければだめなんだよね。

年少途中から1年続いた登園しぶりの結果。とトイトレと不妊治療

娘は登園初日から泣くことなくすーっと登園していった。

緊張した顔はしていたけど、迎えに行くと「楽しかった!」と出てくる姿は

頼もしく、ほっとしていた。

ところが2学期になって突然、ままがいい寂しいと泣き始めた。

途中から行き渋るっていう体験談とかもあんまり見つからなくて、

先生にも何かご家庭でありましたか?と家庭環境を心配される始末。

娘を見ていて私自身が感じた原因はおそらく、発表会での緊張からだ。

舞台の娘は引きつった顔をしていて、終わったあとも、もう出たくない・・・

と言っていたから。

登園しぶりっていろんな原因あると思うけど、

だいたいが入園後からままと離れる寂しさから、っていうのが多いと思う。

だから↑の話を先生にしても、うーん?っていう反応だった。

 

とにかくそこから1年毎日泣き続けた。

娘の場合は、日によって行ける日と泣く日があるといった感じではなくて、

性格的にもずーーーーっと持続するという特性があるように思う。

自分が納得するまで、気持ちが解決するまでそれは終わらない。

この性格はトイトレにも大いに関係して、「オムツの外でするのが怖い!」

と、オマルでするように促しても泣き続けた。

トイトレのアドバイスには、自分のタイミングがあるから、無理やりするのは良くない、自然に任せて、

といった文言が良く書かれているけど、

それを実践したらいつまでもオムツはとれないと思った。

彼女の中で「怖い!」という感覚は自然に収まることではなく、

じゃあどうすればその感情を無くせるかというと、

「大丈夫だった!」という経験をするしかない。

無理やりにでも、ただ1回、「できた!」経験をさせるしかないのである。

そこで泣き叫ぶ娘を押さえつけてオマルでおしっこをさせた。

そしたら何度かするうちにすぐオムツが外れた。

でも年長になっても未だに和式トイレは使えない。

なかなか体験させてあげる機会もないし。こればかりはもういいかな。

間違っているかもしれん。虐待って思われるかもしれん。

でも一番近くで見ている親にだけわかることもある。

↑こんなことがいくつかあって、娘は敏感なタイプなのかなと思うようになった。

HSCってやつ。

でも当てはまらないこともあるし、結局は特性なのかな。

いろいろ、体験談とかに当てはまらないことも多くて、悩むことも多かったけれど、

だんだん、大きくなるにつれ減ってきた。

話が逸れたが、

その後、参観中も泣くようになったり発表会でも一人泣き。

紆余曲折あったが1年後の年中の途中で急に泣かなくなった。

自分の中で納得できたのだろう。

渦中のときは、このまま一生泣き続けるんちゃう?

小学校不登校になったらどうしよ?

ひきこもりになったらどうしよ?

って不安しかなかったけど

結局大丈夫やったよ。

この先もまた悩みは出てくるやろうけど

この出来事は

私自身の「大丈夫やった!」という経験になった。

一人目の子育てが大変なのは

こういうことなんだろうな。

もし二人目だったら、

あーいつか収まるときがくるやろ。

って思えるんだろう。

 

そして

娘が、兄弟を欲しがることが増えて

私自身もそんな気持ちになり

2回目の不妊治療に踏み切ることに。

7年ぶりの不妊治療。私のなかでは最近っていうイメージだったけど

この前産婦人科に行ったら、もう7年前とはいろいろ変わってるよ。

って言われた。注射も自分で打つようになったって。

負担も少なそうだ。

そして保険適用が大きすぎる。1回目はいくらかかったんだ?

100万ぐらいかかったんかな。

またその辺の違いも書いていけたらと思う。

ダメだったときのメンタルも心配だし、あまり期待せずに行こう・・・

と思いつつ、ベビーカーとか調べてしまう自分。

一人目のときの、全部捨てたよ~

コミュ障母の幼稚園生活

幼稚園生活もあと1年と少しになった。

あっという間だった。

幸いにも大きなトラブルもなくここまでこれた。

私はお喋りが得意でないから、たくさん話してくれる人といると居心地がいい。

今は仲良くなったママだけど、よく知る前は

「ちょっと変わってる」と他のママに言われててた人がいて。

私も怖い人なんかな?と思ってた。

ただ挨拶の声が小さかったりしただけなんやけど。

でも話すようになって

めっちゃおもろい人やん!ってなった。

素で接してくれてるのが分かるからこちらも素でいられる。

噂は信じたらあかんなと思った出来事だった。

人には相性があるからさ。

そんな私はやっぱり自分と同じようにお喋りじゃない人には

なんか喋らな!って焦って空回りしてしまうことも多々。

いい人なのに、仲良くなりたいのに

それ以上距離が縮まらない・・・

仕方ない。私は内省型だから。

どうしたら外交的に社交的にお喋りになれるかなって

この20年以上考え続けたけど

いろんな本も読んだけど

やっぱり気質は変えられない。

そして最近やっと

変える必要ない

って思えるようになった。

これはけっこう大きい変化だった。

ずっと、変わらなければ、社交的にならなければ

話題を増やさなければ、おもしろくならなければ

と変化ばかり考えてきたけど

ありのままでいいやんって気づいた。

気づくまでにめちゃくちゃ時間かかった。

気づくというよりは知った。

自己肯定感とかいろいろしらべたり

本を読んだりする中で。

一番大きかったのはアドラー心理学を読んだとき。

どうして別の人になりたがるのか。自分のままではいけないと思うのか。

何を持って生まれたかよりも、生まれ持ったものをどう使うか。

まさに目からウロコ。

自分を好きになるってほんまに時間かかるけど

少しずつ好きになれるようになってきた。

小学生のころから、友達は多いほうがいい 

明るい方がいい 人前で話せるのが偉い

積極的に発言できるほうが偉い

そんな風に刷り込まれたら

そうじゃない人は

やっぱり

自分が嫌いになってしまうと思う。

どんな自分でもいい

できなくてもいい

できてもいい

やらなくてもいい

やってもいい

話してもいい

話さなくてもいい

友達は多くてもいい

少なくてもいい

無口でもいい

お喋りでもいい

なんでもいいのだ。

これはきいさんって方のユーチューブとかインスタで

知れた考え方。

どんな私でもいいって

私はめちゃくちゃ救われた言葉。

そしてそういうマインドで

周りにも接していたいと思う。

どんなあなたでもいいと。

ほっとする月曜日

娘が幼稚園に行ってほっとする月曜日。

土日がワンオペなもんでいつもくたくた。

 

土日にお父さんが仕事の家って、みんなどうやって過ごしてるんだろう。

我が家は土曜日の午前中にひとつ習い事を入れてて、

それでなんとか過ごしている。

 

「出かけた!」気になるから。

 

2歳からそんな感じで結局リトミックを習い始めて4年目。

 

習い事はこれ一つだけ。

たのしそうに参加してるからいいかな。

 

将来何かの役に立てば御の字。と自分に言い聞かせながら。

そして帰りにマクドを買って帰るのが日課になっている。

辞めたいけど母もマクド好きなんよなー。娘も大好きだから

winwinになってしまっている。

 

そしてマクドを食べながらテレビを見てそのままのんびりしてしまう

土曜日であった。

 

こんなにまったり過ごしても疲れるとは体力がほんとに無い。

いろいろ原因を探ったり本を読んだりしてみたが

そういう体質だ、という結論に落ち着いた。

 

自分のスペックだから仕方ないと受け入れたほうが

なんかすっきりできた。

最近は少しウォーキングしたりしてる。(目標一日一万歩。)

 

これがなかなか気持ちよく、体力も付けばいいなあと思っている。

 

そして歩く友にアンカーのイヤフォンが欲しいなあ。

でも飽き性だから続くかなあ。と迷っていたら

Amazonのセールが終わっていた。

また次のセールに買おうかなあ。